Notes・備忘録

「好き」を生きる

 

好きなものを選ぶのと

捨てるものを選ぶのは

似ているようで

イコールではない

と、日本を出て気づいた。

 

海外に出るまで

したいことや好きなことが

全然わからなくて

いつも消去法で

手元に残ったものを

好きなものだと思ってた。

 

けど

誤魔化せないほど

純度の高い「好き」は

そう思わずにはいられなくって

動かずにはいられなくって

もう自分では

どうにも止められない。

 

忖度なしに愛を注ぎ込む

やらずにはいられないことを

やり続けたい。


 

リア充の裏でもがく自分

海外に出るまでの私は

表面では好きなことをして

自由気ままにしてたけど、

中身は矛盾と葛藤だらけで

自分が本当にしたいことや

どんな生き方をしたいのかが

まったく分かっていませんでした。

 

というより、

分かっていたのに無視していたのです。

 

好きなことに蓋をする生活

 

使いたいだけ時間とお金を使って

新しいことにチャレンジしたり

アクティブに山や海に出かけて

楽しい人たちに囲まれて

いわゆる『リア充』の部類に入るような

充実した生活を送っていたのだけど

 

会社員生活を送っていた13年間、

ずっとずっと

変わらず思い続けて蓋をし続けたのは

 

英語を話せるようになりたい

海外で生活したい

 

それだけでした。

 

今の自分なら

考えるまでもないような簡単なことでも

当時の私は決断するのに13年も

時間を費やしたのです。

 

19歳ではじめてオーストラリアに行って

帰りの飛行機では また海外行く!

と決めていたのに、

 

社会人になってから

少しずつ霧がかっていくように

その情熱は心の中で霞んでいって

ずっとそこにあるのは分かっているのに

見ないようにして

たまに思い出しては駅前留学したり。

 

『やりたいこと』よりも

『した方がいいこと』

『するべきこと』を

優先し続けた結果

 

『した方がいいこと』と

『するべきこと』が生活の中心になって

 

そのうちそれがライフスタイルになって

 

最終的に私自身が

『した方がいいこと』と

『するべきこと』で作られたかのように

それだけになってしまって

 

『好きなこと』『したいこと』

を感じる感覚が麻痺してしまったのです。

 

情熱に突き動かされる感覚

麻痺して完全に忘れかけていた

「情熱に突き動かされる」という

幼少期以来感じたことがないような

感覚を思い出させてくれたのは

2016年に行った

オーストラリアとパプア・ニューギニア。

 

当時は対して英語も話せませんでしたが、

友人カップルを訪ねた時に

彼らの生活をみて、

 

こーゆーのがしたいんだよ!!

 

っと天地がひっくり返ったような衝撃が走り

心の中が完全にひっくり返ったのです。

 

そして、旅の途中で退職を決め、

帰りの飛行機で退職願いを考え

休み明けに上司のアポを取り

翌日、退職の意を伝えていたのです。

 

これが、私にとって久しぶりの

『やらずにはいられないこと』

をやった瞬間。

 

仕事の引き継ぎとか

職場の人達に対する想いとか

お金の準備とか

家族への言い訳とか

これからのキャリアのこととか

何ひとつとして

問題とは思いませんでした。

 

もちろん周りに感謝の気持ちはありますが、

それとこれとは全く別。

 

変われなかったのは

心の準備ができてなかったから。

 

変えたかったのに選べなかったのは

安定した会社員生活を捨てる勇気がなかったから。

 

もっというと、海外に行くことよりも

会社員を選んでいる方が楽だったから。

 

お金や時間がないというのは

都合のいい言い訳に使えるし

 

結婚や出産を考える年頃だったから

したくもないのに言い訳に使っていたし

 

新しいことや未知の世界が怖いから

やらない理由を並べまくって

これだけ不利な条件がそろってるので

私できません!!私のせいじゃありません!!

っていう謎の状態(笑

 

でも、

どんなに硬く蓋をしても、

重たい石を乗せても

情熱って溢れ出てきちゃうんです。

 

そして時々ツンツンってしてくる。

私のこと覚えてる?って言わんばかりに

顔を出してくる。

 

それを無視し続けると、

ある日突然何かをきっかけに

火山が噴火するわけです。

私のように。

 

桜島のようにしょっちゅう噴火していれば

周りも慣れっこですが、

富士山が噴火したらどお思います?

 

えええええ!!!!

マジか!!

火山やったんか!!

って。

 

もはや火山ということさえ

忘れられた頃に噴火するわけですから、

周りもびっくりですよ。

 

でも火山はいったん噴火したら、

マグマが途切れるまで

熱量が下がるまで止まりません。

 

情熱に突き動かされるのも

同じような状態だと思います。

 

視界の先には

マグマのように溢れ出る情熱しかなくて

 

これをする!

そのために何ができる?

そのために何をする?

 

選択肢はそれだけ。

 

情熱とワクワクと光しかない状態。

それが、やらずにはいられないことに

動かされている状態。

 

消去法と違うのは情熱の量

 

心の底から突き動かされるような

情熱からくる行動動機というのは、

消去法で選ぶそれとは

熱量が全くもって違います。

 

いらないものを手放していって

残ったものが自分に必要なものだというあれは、

好きなものを選んでいるようで

実はいらないものを選んでいるだけ。

残ったものが情熱に溢れるかというと、

必要だけど情熱はないということも多々。

 

好きという気持ちがわかっていれば

消去法なんてする必要がないんですよね。

 

なんせ火山とマグマですから。

 

「好き」を知る方法

そうは言っても、

好きなものとかやりたいことがわからない。

という人は多いと思います。

 

 

そういう時は、

日常の小さなことから

好きを選ぶ練習をするのがオススメ♪

 

「同じので〜」

「余ったやつでいいよ〜」

「なんでもいい〜」

は禁句。

 

欲しいなー、こっちがいいなーと思ったら

それを声に出す練習です。

 

なぜなら、

日常で好きなものや欲しいものがわからなければ、

進みたい道やしたことが分かるはずないから。

 

本気で「なんでもいい」と思っている時以外は、

自分の好きと欲しいを優先すること。

 

情熱を見方につける

そうやって、好きやしたいを追いかけていても

私のようにすぐに道を見失うことがあります。

 

霧に覆われて何が好きかわからなくなったり、

好きだと思って選んでたいものが

知らない間に

やっといた方がいいことに

とって変わってしまう時など。

 

でもそんな時は、

情熱を思い出してみてください。

自分が選んでいるものに

情熱を感じるかどうか。

 

それだけです。

 

情熱はどんな時でも道標にります。

 

 

なんでも選べる時代になったからこそ

やらずにはいられないことを

誰でも選べる時代でもあるのです。

 

そんな中、

昭和や平成初期の

右向け右精神を

令和に持ち込む必要なんてないと思うのです。

 

それこそが

最も断捨離するべき概念なのでは?

と私は思います。

 

いろんな障害があるのは承知の上。

それは、情熱の道を選んだとて変わりません。

 

どっちにしても茨の道、

どっちにしても苦楽があるなら、

突き動かされるように好きなことをして

生きていきたい。

 

と、私は思うので

 

これからも

やらずにはいられないことをし続けるために

備忘録として書き留めました。

 

 

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